the man who wanted to be ARCHTECT
and he was sakihito...
←↑©nhk
西沢立衛を初めて見る。もちろん、建築メディアの外で。
今日のNHK総合「爆笑問題のニッポンの教養」で、「建築のチカラ」と題して、ルーブル美術館分館のことなんかを放送するらしい。
立衛が単独で、しかも爆笑問題と。
初めて彼の名前を知ったのは、1998年1月号の「STUDIO VOICE」でだった。その雑誌ではたしか彼のお兄さんと一緒(ただし、作品は別)で、[妹島和世+西沢立衛]とか[SANAA]とかの名前では出ていなかったはず。
それがいつのまにか、妹島とセットで建築メディアに露出するようになって(実際自分も青山のギャルソンで二人のお買いもの姿を見ました。)、2人が一緒にいるのが一緒のように思えていた。
それが一人で。しかも美術館。
ひと昔前だと、美術館は磯崎新のものだったけれども、最近の美術館といえば、Herzog & de Meuronのテートモダンとか、谷口のMOMA増築とか、SANAAの金沢のやつとか、似たのだと伊東豊雄のメディアテークとか。そうそう、黒川紀章の国立新美術館も。
でも、黒川のを見る限り、美術館て難しそうだなあ。
立衛はどういじるのか。新聞のラテ欄には「建築」「都市」とかいうフレーズがあったけど、それでいくと立衛は磯崎の亜種になるのかな。それとも、彼なりの伊東→妹島ライン上にあるのか。
こんな30分番組でそこまで読めるかわからないけど(時間的にも自分の器量的にも)、それは爆笑問題の太田に委ねてみることにしますです。
【追記20080128】
観ました。
前述の「建築」「都市」は、「建築」「環境」の間違いでした。すみません。
あと、美術館がメインではなく、彼が設計した集合住宅での対談で、住意識とか、住まうことによるお隣意識、環境意識、都市意識が主でした。
ただ、かれは環境世界という言葉を使っていた。
この言葉が一般的なのか、「建築を取り込むものやこと」として意識しているのか、
ユクスキュルの「um-velt(ウム;ヴェルト=環境世界)」←(生物から見た世界より)を意識したのかはわからないけど。でも、一番はユクスキュルを意識してるでしょ。
ここには○○がある。○○には××の世界の見方がある、○○からは世界がこうみえる、ってことで。って現象学症候群?
あとひとつ。
やっぱかれは造形的に「伊東→妹島ライン上」でした。外部を取り込みながらも、内部を主張する。箱をぽこぽこ置いているようで、その箱の配置は絶妙。そういえば金沢の時も、外部は円だけど内部はうまあく四角をぽこぽこおいていたしなあ。かといって、磯崎の群馬県立美術館のようなフレーム重視の配置ではないし。面重視っていうか、ボリュームの外側に現れる面的なものの相関に最新の注意を払っている。
ルーブルの分館(別館。ランスにできるらしい)の模型をみてそうおもった。
あとは、かれは磯崎的ではない。建築が国家をつくるとは思っていない。ましてや、国家にはあまり関心がない。関心があるとすれば、この番組からは「結果としての都市」だろうなあ(ポリスのことは念頭にあるとは思うけど)。けもの道という言葉を彼は使っていたけど、そういうつくりのものが都市(古来からの)だと。歴史が都市だと。っていうと歴史人類学の問題になるねえ。
磯崎の「国家」解釈がどういうものかをよく知らないくせにいっているけれど。これに頼って。
建築することとは、単に街や建物を設計することではない、
人々が生きているその場すべて、社会、都市、国家にいたるまでを構想し、
それを眼に見えるよう組みたてることだ。
これが、私たちが教えていただいた<建築>の本義であります。
立衛への見方がちこっとかわりました。
槇のヒルサイドなんかにいこうとしているのかなあ...





0 件のコメント:
コメントを投稿