2009-12-29

look this

スゴークたくさんのコメントありがとうございます
<time-to-get-up>
http://brouges-la-morte.blogspot.com/2009/06/time-to-get-up.html

no way



株価が急落しても、0円て。…あほか。
売買できねーじゃろ。

2009-12-23

ワレワレハミチノセイメイノシンリャクヲウケテイル

コノ、コノ、陰惨ナ画像ヲミテイタケレバオワカリダロウ。
ミチノ敵ハ、ワレワレノ内蔵フカクニ攻撃ヲクラワシテキタノダ。

フトドキナコトニ、キャツラノてろ攻撃ハ、ワレワレガ生殖ジョウモットモ大事ナゾウキノヒトツデアル、前立腺ヘノ攻撃デアッタノダ。糞。ワレワレハ、卵子ドモトトモニテイコウシナクテハイケナイ。我ガシソンノタメニ。
ケ^イコ^クスル。ワレワレハ、医学都市伝説ナドトイウイジョウナイシモドキノタワゴトヲシンジテハイケナイ。
シンジルモノハ、スクーワーレルー
ダウンウィズゾーズサッチアサージェンタルパチエント

2009-07-20

little little friend sent me

すごく久しぶりに昔の友人からメイルをもらった。
もともとは彼女を介したコンピュータウィルス的なものだったんだけど、
近況を知れてよかった。
彼女の出生地インドネシアはいまどうなんだろう。
共通の指導教官が渡尼するらしい。
知る人は知り、知らぬ人は知らぬだろう。あたりまえかあ。

2009-07-19

Big brother is watching you...et...little people is ...

1Q84は...といいかけて、 いつものように口ごもる。
何にも捕えられることのない、自由な虚構が束縛された文法のもとで展開されるだけ。
あるいは逆。
この本を読みながら想像したかつて読んだ本の数々。
村上以外なら「1984」「ドンキホーテ」「硝子戸の中で」「ユートウピア」「グーテンベルクの銀河系」「火の鳥[異形編]」端的には「死都ヴリュージュ」...
村上なら「ねじまき鳥クロニクル」「アフターダーク」「海辺のカフカ」...
村上を評論する人たち...多数特に浅田彰(浅田は、数学と音楽とをどちらも悩んで、どちらもできる経済を専攻しようとしたらしい。出典は僕の記憶。)。
話の中の一人である天吾は、音楽と数学をともに好んでいたから。これは浅田が経済学を専攻する理由として一緒。どこかで言っていたけど、思いだせない。

同じ時期に読んだ井上雄彦の漫画に主演中の宮本武蔵とも似ている。
話の中の一人である天吾は、体術にも素養があったから。

体 が根本をなす?
僕が診てきた小説は、セックスや暴力を必要としていた。
慎太郎を嚆矢として。
僕はそれをいらないと思っていた、小説上は。
今でもそう思っている。
ただ、文字にならない言葉の強さを表現するには、必要なのか?
それは、僕にはわからない。
正誤のみならず、善悪まで。
だたその一点に、1Q84はいた。

書評じゃない。でも、思い出はある。でもまだ思い出すには時間がかかる。

ってことで。

2009-06-29

Time to get up

I, I am there.
I spent to live time to get up .
but so on.

I love those who i love...

...
I certanly give the licence what we will live with happiness together...

2009-05-26

嗚呼コマーシャル

注文しちゃいました。

オーウェルのを、越えはしないけど、たぶんお化けと暴力が渦巻く主人公なんだろうなあと思う。"down with ..."とか。しかも前作の「カフカ」くん以上に、本が好きで、日記なんか付けちゃって、それが原因で迫害されそうになっている女の子を救う物語、だろう。でも、ほんとにIQ84なら、前作の「タカタ」さんが主?いやいや、そんなやぼったくて展開しづらいことはしないでしょ。はるきくん。雨月物語をしのぐのを期待。わくわく。
※前作ではなく、前前作でした。前作は東京奇譚集とかアフターダークだった。ボクがいいたいのは、海辺のカフカなのです。
それにしても「Q」が、緑と赤なのは、20年以上前のノルウェイの森以来なんじゃん?

初めての軽トラ屋台

我が地元では小学生の時から贔屓にしていた軽トララーメン屋台だけれども、
埼玉でも引き回しているとは思わなんだ。

さっそくおっかけて注文。

お酒がおいてある点、つゆの備蓄が少ない点を除けば、だいたいシゾーカと一緒。
醤油ラーメンを頼みました。
コーンがない!(怒)
でも差異はそのくらい。
つゆの味が違うのは、200kmも離れているから当たり前だろうし。

今回はなかったけど、お酒があれば¥1000で満足できる。
来週をまとうぞ。

2009-05-21

よくわからないけどやっぱ

BOSEはうまいなあ。

2009-05-14

よくわからないが


民主党の鳩山由紀夫幹事長は14日午前、党本部で記者会見し、16日投開票の党代表選への出馬を正式に表明した。最も訴えたい政策に「友愛社会の建設、愛のある政治」を掲げた。「官僚中心の政治から国民中心の政治に大転換するために政権交代が必要だ。挙党態勢のために一身をささげる」とも述べた。[via]


政治って官僚がするものではないの?
国民がそれこそ自由にああだこうだいったら、政も治まらんわ。

2009-05-12

Je ne parle pas France...

ソトッツラだけはフラ語のつもりでいたが、
ラベルは英語のままだった。
++phere arch. baby beer book brouges-la-morte business camp cinema comic daily et fase fish game hazard huukei idol meida moi movie music myself ne nicophilia oldays ppp program radio religion traditional saint rugby social tv war comic web
なんていうんだろう、花の都では。

2009-04-29

ばかみたいにがつがつと

飯でも喰おうといざ出立、実践しようとおもったけど、吉野屋?っていう疑念が湧いて断念。
書籍にしました。
吉田戦車「伝染るんです」
吉田戦車「ぷりぷり県」
で、日が暮れる。
たぶん暗黒星人のせいだと思う。
その後はジョブスをあさり、もうねよっかなー。
今夜の夢は全て英語だと思う。
octpus,devilfish,seashore,marine,starfish,ジョーズ...

stay hungry , stay foolish.


この、なんというか保ちたい。保てるかなあ。でも保てるきがする。
フラワーチルドレンとか、安保闘争後のモラトリアムとかいわれるだろうけど、
この年齢からしてその生き残りとはいわれそうだけど。

←Stuart の編集したやつ
ジョブスはかっこいいよ。

↓字幕付き(par)thankus pour mbp&co

another via .

【20090513追記】
橋本治「貧乏は正しい!ぼくらの最終戦争」(小学館文庫,1998,248頁)に、「王子様からはみめよう」という章がある。これは、ゴータマ・シッダルタのお話なのだが、お金持ち/当時は地主、の階級から、なんか違うと感じてドロップアウトし、そして開祖となる、その過程がにているんだなあっておもっちゃう。所詮ジョブズは王子様。悟りを開いても、崇められるだけだし。苦行はしてないと思うなあ。
ジョブズのハングリーさとかおばかさとかは、素ではとてもおっつかないところがあるけど、よく考えてみたらブッダには完全に負けるわあ。
なんせ、苦行に耐えてた時期に、少女にミルクを与えられ、改悛しちゃうんだから。

2009-04-20

超久々

出勤しましたよ。
総務部長の粋な計らいで、
僕の勝手に慕ってる上司のいる部署に配属された。
川神さん、松井さん、田嶋さん、谷島さん、よろしくおねがいします。

2009-04-18

たとえばじっとあなたを見てくれるひとがいたら

「なに?」「気持ち悪い」
が正常な反応だろうと思う。

ただ、自分に見て欲しいという願望(潜在意識でもよい)があれば、話は別。
プリウスを凝視しよう。
実際ぼくは今日凝視してしまった。
乗り手は、ほぼ確実に悪い印象を持たない。
それどころか、プリウスを凝視しているあなたをみた他のひとが、
「プリウスって注目されるんだ」と思ってくれるかもしれない。
それがプリウスの販売台数増につながるかもしれない。

みんな、プリウスとインサイトをガン見しよう!

言葉足らずだけど、ちょっと別の作業があるのでここまでで。

2009-04-02

残念ながらできないこと。

この歳になって、
いつかできるはずだと思っていたことができないわけだと思い始めた。


  1. ひとりで皇居を見下ろす千代田区へ住むこと

  2. 3P(無料で)

  3. 眼尻にしわのない笑顔

  4. そんな子と付き合うこと

  5. 髪の毛の薄さがこれ以上進行しないこと

  6. 酔っぱらわないこと

  7. 振られた人のことを思い返さないこと



反対にできること

  • 3P(無料で)

  • 柳田國男について深耕すること

  • 気持ちよく酔う

  • 日本語なまりの英語を話す

  • 気持ちよく歌う

  • 好きな子に好きという

2009-02-24

堅固かつ高い壁と、堅固かつ丈夫な殻につつまれたタマゴ

村上春樹エルサレム賞受賞スピーチ
旧聞に属するが、村上春樹がエルサレム賞を受賞した。
村上のスピーチ全文は以下で読める。



[haarets.comのオリジナルロゴwww.haaretz.com]
各者がそれぞれの(内田樹極東ブログ404blognotfound、等々。視野が狭くてすまない。)思考を披露している。

僕には今、そのことをかんがえる思考過程がない。
昔、村上と今は亡き河合隼雄の対談を思い出すだけだ。(村上春樹、河合隼雄に会いにゆく
ただ、確実に言えることは、卵を投げるわけでもなく、卵を手に持って居続けるわけでもなく、ただ手に持ちつつ羽化させることを念頭に置いていることだけは確かだ。
ネズミも、ヒツジも、もういない。

2009-02-03

今日は節分

父親が豆まきをした結果、
うちでもたくさんの鬼が発見された。
駆除は不可能と思われる。

oni-tamaoni-hanaoni-mameoni-grimm上から順番に、
 ・ネコマタこと鬼たま
 ・脱走王鬼華
 (かつてサッポロの我が家でも出現。僕とともに南下してきた模様)
 ・オニキノボリマメタン
 ・ジュラシック・ド・オニグリ


※じつは天使一匹がいるのだが、とても兇暴極悪貪食なため、写真に収めることは不可能だった。

 

2009-01-30

死都ブリュージュについて00_前口上

このブログのタイトルでもある死都ブリュージュ(brouges la morte)について、全く説明していないことに気がついた。
「死都ブリュージュ」とは、ジョルジュ・ローデンバッハ(Georges Rodenbach)が著した「死都ブリュージュ」のこと。かつては岩波文庫をはじめ各出版社や全集で読むことができたが、現在はほぼ絶版。そのため、実際手に取るには「日本の古書店」で探すかアマゾンで探すか、神保町そのほか古書街で探すか、ブックオフ100円コーナーでさがすかしかないとおもう。(ちなみに自分は神保町で1000円で文庫を買った。ちょっとプレミアがついてたのか...初版ではないはずだし、状態も良くなかったんだけれども...)
もっとも、一番早いのは大学図書館で閲覧すること。(参考:所蔵している大学図書館(岩波文庫版)
最初に読んだのが大学1年生のときの教養の授業だったんだけど、なぜか気に入った。そのときのレポート(にしては短すぎるけど)がこれ

「ブリュージュ」−死と永遠の相関性について−

 永遠とは,歩みを止めた進化である.また,永遠とは,未来に向かって変わらない過去である.その意味を含めて,死とは物事を永遠化する手段としては非常に正しく,死という状態を経ない永遠というものはあり得ない.死によって物事は永久に同じ状態を保つことが可能となり,同じ状態を保つことは死以外にはあり得ない.

 人に関しては生きている以上成長し老化する.一時としてそのときの状態を保つことは出来ない.写真や絵画などにその人の一時の状態を写し込んだとしよう.その写真や絵はあたかもその人のそのときの状態を永遠に残してゆくことが可能であるようにも見えるだろう.しかし,そこに写っている人物は今のその人を形づくる上で経てきた道すじを写しているのであって,今のその人と昔のその人は一本の時間軸で結ばれている.

 よって写真や絵に「映・っ・て・い・る」人は今のをの人に相対的な現象である.今のその人の精神状態,物質的な状態によって,昔のその人の位置は大幅に変わってくる.例えばここにA氏の高校時代の,友人と楽しげに部活を行っている写真があったとする.それを,例えば20年後ある状態におかれているA氏がいたとして,他の人がその写真と今のA氏を同時に見比べたとする.今のA氏が人間関係的に良好なら人はその写真の中に必然性を見つけるであろうし,逆にA氏が泥沼の様な人間関係の中にいるのであれば,人はその写真のなかに不可思議性や矛盾性,偽善性を見い出すかも知れない.

 今という現時点においてそれらの写真はあたかも永遠を映し出しているように見えるかも知れない.しかし未来においてA氏の精神的・物質的状態が一定であるということはあり得ないのであって,その時点でのそれらの状態によって,映し出される過去はその永遠を写したかの様に見える写真の中でさえ変化し得るのである.

 しかし,である.ある物質的・精神的状態の中でA氏が死亡したと仮定する.するとその瞬間,A氏の一生の経路が確定したものとなった瞬間,A氏のその写真は,A氏のその時点の真実の状態を写し出すものとなる,つまりその時点でのA氏が確定し,永遠化されるのである.量子力学における“認識された現在からさかのぼって,過去が創られる”という理論にも似ている.人が生きている状態において,過去というものは“シュレディンガーの猫”(註)と同じ状態なのである.過去に行った行為(猫を箱に入れる)は,人がなし得る行為を全て行った後(箱を開け,猫の生死を確認する)にしかその意味を決定することが出来ない.つまり人が生きている以上過去における行為はいろいろな意味的状態の重ね合わせでしか表現出来ないのである.しかし,死の瞬間に,その死のときの人の状態が一意的に表されるので,それに対応した過去が一意的に定まるのである.そしてそてはその後永久に姿を変えることなく(未来が過去に対しその行為の意味を変え得る場合を除く.例えばローマ法王がガリレオの破門を300年後の現在において取り消すなど.このことは一般の人にはあまり関係ないが一部の献身的なカトリック教徒には彼の見方を変える転機になったであろう)つまり未来に向かって変わらない過去が出来上がるのである.

 「死都ブリュージュ」において,ブリュージュのその永遠に変わることのない様に感じられる町並みも,ひとえにブリュージュが「死都」として描かれているからである.街は灰色や黒といった無彩色で描かれ,それがゆえに静的なイメージをかもし出し,またそれに含まれる有彩色も薄緑や色褪せた煉瓦色という,永遠を感じさせる苔の色や明らかに氏を思わせる骸骨の色などという,時の流れを止めさせる役割を果たしている.夕刻の霧雨は死にゆく街にあっているし,黒い塔は死のシンボルに見えるし,静寂に鳴り響く鐘の音は限りない無と空虚を思い浮かべさせる.祭りも死したキリストに向ける賛美である.何より変わりなく死に続けるユーグの妻や殺されたジャーヌ,出ていったバルブ,そして今後を今まで通りの虚無な暮らしで過ごさなければならないユーグ,これらの人々が織り成す空虚と死のイメージこそが,「死都ブリュージュ」の「死都」たる力なのである.

 一度焼きつけられた「死」のイメージは,「死」が永遠を司る唯一の状態であるために,容易にぬり変えられるものではない.モヘンジョ・ダロや古代文明の跡が,今だに「死」を連想させるのは,それが人々に「永遠」として染み付いてしまったからである.

 以上のことから,死と永遠は一体の存在であるといえよう.死なくして永遠は語れず,永遠の中に潜むのはまぎれもなく死である.また死は永遠を造り出し永遠の中に死は常に生き続ける.ブリュージュを葬ることにより人々の中にブリュージュは生き続け,人々の中に永遠に存在するブリュージュは,「死都」であり続けなくてはならないであろう.

(註):“シュレディンガーの猫”について

ある箱の中に,いつ崩壊するか全く分からない放射性元素を入れ,もし崩壊すれば直ちに毒ガスを噴射するように作られた機械を置く.その箱に猫を入れると,猫の生死は全く分からなくなる.箱を再度開けるまで,その猫は生きているし死んでいるのである.つまり箱の中の猫は生死の重ね合わせとして表現されるのである.という量子力学のパラドックス.


この本の情景を記述するとこんな感じ。アマゾンカスタマーレビューより
大学の授業で何年か前に読みました。
象徴的な意味で、死ぬことなしには永遠という行為が得にくいこと、永遠であり続けるには、死に続けるしかないということが感じられます。死に続けるとは、時間を止めることなのか。
無彩色のまち、黒い塔、鳴り響く教会の鐘、死したキリストを賛美する祭り。動いているはずのお話の中のまちが、時間を止めるように描かれているのは、まちを穏やかに死に続けさせるためなのかと思われます。そして死に続けるまちは、ずっとユーグのものとなる。


どっちも書いた時期がかなり古い。特に、アマゾンのやつは記憶をたどりながら書いただけで、再読した結果書いたものではない。
だから、
もう一度読み直して、死都ブリュージュが表象する世界、環境世界はなんなのかを確認しようと思う。
ただ、いま手許にその本がないので(家の中でどこかに埋もれている)、再確認はおいおいってことで。

本人の情報に関しては、英語版wikipediaに比較的詳しく記載されている。

2009-01-27

the man who wanted to be ARCHTECT

and he was sakihito...

←↑©nhk


西沢立衛を初めて見る。もちろん、建築メディアの外で。

今日のNHK総合「爆笑問題のニッポンの教養」で、「建築のチカラ」と題して、ルーブル美術館分館のことなんかを放送するらしい。

立衛が単独で、しかも爆笑問題と。

初めて彼の名前を知ったのは、1998年1月号の「STUDIO VOICE」でだった。その雑誌ではたしか彼のお兄さんと一緒(ただし、作品は別)で、[妹島和世+西沢立衛]とか[SANAA]とかの名前では出ていなかったはず。
それがいつのまにか、妹島とセットで建築メディアに露出するようになって(実際自分も青山のギャルソンで二人のお買いもの姿を見ました。)、2人が一緒にいるのが一緒のように思えていた。

それが一人で。しかも美術館。

ひと昔前だと、美術館は磯崎新のものだったけれども、最近の美術館といえば、Herzog & de Meuronテートモダンとか、谷口MOMA増築とか、SANAAの金沢のやつとか、似たのだと伊東豊雄メディアテークとか。そうそう、黒川紀章国立新美術館も。

でも、黒川のを見る限り、美術館て難しそうだなあ。
立衛はどういじるのか。新聞のラテ欄には「建築」「都市」とかいうフレーズがあったけど、それでいくと立衛は磯崎の亜種になるのかな。それとも、彼なりの伊東→妹島ライン上にあるのか。

こんな30分番組でそこまで読めるかわからないけど(時間的にも自分の器量的にも)、それは爆笑問題の太田に委ねてみることにしますです。

【追記20080128】
観ました。
前述の「建築」「都市」は、「建築」「環境」の間違いでした。すみません。
あと、美術館がメインではなく、彼が設計した集合住宅での対談で、住意識とか、住まうことによるお隣意識、環境意識、都市意識が主でした。

ただ、かれは環境世界という言葉を使っていた。
この言葉が一般的なのか、「建築を取り込むものやこと」として意識しているのか、
ユクスキュルの「um-velt(ウム;ヴェルト=環境世界)」←(生物から見た世界より)を意識したのかはわからないけど。でも、一番はユクスキュルを意識してるでしょ。
ここには○○がある。○○には××の世界の見方がある、○○からは世界がこうみえる、ってことで。って現象学症候群?

あとひとつ。
やっぱかれは造形的に「伊東→妹島ライン上」でした。外部を取り込みながらも、内部を主張する。箱をぽこぽこ置いているようで、その箱の配置は絶妙。そういえば金沢の時も、外部は円だけど内部はうまあく四角をぽこぽこおいていたしなあ。かといって、磯崎の群馬県立美術館のようなフレーム重視の配置ではないし。面重視っていうか、ボリュームの外側に現れる面的なものの相関に最新の注意を払っている。
ルーブルの分館(別館。ランスにできるらしい)の模型をみてそうおもった。

あとは、かれは磯崎的ではない。建築が国家をつくるとは思っていない。ましてや、国家にはあまり関心がない。関心があるとすれば、この番組からは「結果としての都市」だろうなあ(ポリスのことは念頭にあるとは思うけど)。けもの道という言葉を彼は使っていたけど、そういうつくりのものが都市(古来からの)だと。歴史が都市だと。っていうと歴史人類学の問題になるねえ。
磯崎の「国家」解釈がどういうものかをよく知らないくせにいっているけれど。これに頼って。
建築することとは、単に街や建物を設計することではない、
人々が生きているその場すべて、社会、都市、国家にいたるまでを構想し、
それを眼に見えるよう組みたてることだ。
これが、私たちが教えていただいた<建築>の本義であります。


立衛への見方がちこっとかわりました。
ヒルサイドなんかにいこうとしているのかなあ...

2009-01-09

こんなんですけど。