2007-03-26

都知事選にみる建築昔話

黒川紀章はなぜ立候補したんだろうか。
立候補元記事はここ
このぶっ飛び方はたぶん、磯崎が1960年に発表した「東京計画1960」のなかの「新宿計画」、そしてこの東京計画に磯崎と黒川両方が関わっていたってのの影響だと思う。
磯崎はその新宿計画で、新宿を都市の新陳代謝の母胎とみなし、そこからそそりたつ男根(←ことえりでは変換不可能だった)のてっぺん同士が巨大なトラスで結合し合う、増殖し合うリゾームを物理的にひっくり返したような生活空間群を提示した。
磯崎以外のだれもが空想と思っていたそれが、この21世紀に、ドバイでできるんだと(おぼろげな記憶なので精確でないかも。じっさいwebでは発見できなかった...)。

かたや、黒川がそのころ残したのは、丹下の下で行っていた「東京計画1960」のうちの、東京湾のプロジェクト(左図参照)しかぼくは知らない。
あとは中銀のカプセルタワー。
chugin_cupceltower都市博中止後、この東京計画の末裔ってのは、バブルやら知事交代やらあり、最近では臨海系のサンセクが相次いで破綻したりして、東京湾開発は止まりそうな感じ。そこが黒川にとって我慢ならなかったんじゃないのか。
加えて、現都知事の石原は、2016年?のオリンピックを東京へ誘致しようとし、あろうことか安藤忠雄へ全体計画を頼んでしまっているし。

黒川にとって行政村八分。深刻だあ、こりゃあ。
この都知事選、磯崎とかへの再挑戦なんじゃないのかな。
でも、磯崎は東京では全然実際の建築してないから、じつは裏で結託していたりすると面白い。

政治家としての素質は、よく分かんないけど、黒川はすくなくとも都市を経営できるような人ではないなあ。増殖するいけいけ世相を未だに信じてる節があるから。

J-cast_http://www.j-cast.com/2007/03/19006271.html